「的外れ」な勉強と勉強の「目的」

purpose

「なぜ勉強するのだろう?」

誰もが一度は疑問に思ったことがあるのではないでしょうか?

中高生になると、
「なぜテストがあるのだろう?」
「なぜ受験があるのだろう?」
と考えたり、

もっと大きく
「なぜ生きているのだろう?」
「生きる目的って何だろう?」
と人生について考えたりすることも、極めて自然です。

これらの問いは、「1+1=2」のように唯一正しい答えがあるわけではなく、
自分なりの答えを探していくことが大切です。

目的によって意欲が変わる

「何のために勉強するのか?」の問いに対して、
ある子は「受験のため」と答え、
別の子は「やりたいことができる学校に行くため」と答えました。
後者の方が意欲が湧きますね。

他には「就職するため」「知識が役立つから」「充実した人生を送るため」という答えも返ってきました。

また、「将来、役に立つから」と答えた中学生は、
「けれど、将来のことがよくわからないので実感が湧かない」と続けました。

それはそうですよね。
中学生では社会のことをよく知らないのが普通です。
知らないから実感が湧かない。だから前に進む原動力にならない。

ですから、「将来、役に立つから」という遠くの漠然とした目的ではなく、
もっと身近で具体的な目的を見つけられると、実感を得られ、意欲が湧いてくることでしょう。

的外れな勉強

ところで、「目的」とは何でしょうか?

目的とは、読んで字のごとく「目指す的」です。
ですから、的が小さかったり、ぼやけていたり、見えなかったり、見ていなかったりすると、的に当てるのは難しくなります。
すなわち、勉強の目的がはっきりしていないと、「的外れ」な勉強をすることになってしまいます。

例えば、

  • 小テストの直前だけ暗記してすぐに忘れる(的が小さい)
  • 間違えた問題は解き直しせずに間違えたまま放置している(的を見ていない)
  • ノートをきれいに書くことにこだわって、理解することや覚えること、解き慣れることに意識を注いでいない(別の的を狙っている)
  • ……、などなど。
    これではいくら頑張っても的外れ。身になりません。

    的を射た勉強

    逆に、的が大きく、よく見えると、的を射るのは簡単になります。
    複数の的を同時にいることもできるかもしれません。
    ですから、勉強の目的も、大きく、はっきりしている物を複数持っているとよいでしょう。

    例えば、数学を学ぶにしても「テストや受験のため」だけでなく、「脳トレになるから」「解けると楽しいから」「論理的思考力を身につけるため」「経済を学ぶのに役立つため」等、別の的も考えられます。
    さらに大きく考えると、「自分を成長させ、充実した人生を送るため」とも考えられます。
    そこまで思えれば、あらゆる勉強が、的外れにはならないでしょう。

    しかし「自分を成長させ、充実した人生を送るため」だと少し漠然としていて、実感が湧きにくい人もいることでしょう。
    そこで、中高生にはよく次のような話をします。

    「キラキラさん」と「ダメダメさん」の話

    「勉強だけでなく、スポーツでも芸術でも何でもよいのだけれど、今、目の前に課題があって、頑張ってそれを乗り越えていくと、成長できるよね。
    例えば、努力を続けて成長していった将来のAさんがいるとして、それをキラキラAさんと呼ぶとしましょう。
    一方、怠けてばかりであまり成長していない自分がいるとして、それをダメダメAさんと呼ぶとしましょう。
    将来、キラキラAさんとダメダメAさんのどちらにも友達がいるのだけれど、友達から見たら、どちらのAさんと友達になりたいですか?」

    すると、みな口をそろえて答えます。
    「キラキラAさん!」

    「では、将来キラキラAさんとダメダメAさんのどちらにも恋人がいるとして、どちらのAさんと恋人になりたいですか?」

    これも「キラキラAさん!」と口をそろえて答えます。

    「では、将来仕事に就いたとき、お客さんや仲間は、どちらのAさんと接したいですか?」
    やはり「キラキラAさん」と答えます。

    「ということは、……、」
    ここで少しトーンを落とし、ゆっくりはっきり話を続けます。

    「勉強すること、目の前の課題を乗り越えようと努力することは、
    自分が成長するだけではなく、周りの大切な人にとっても大切なことなんだね。
    勉強は、自分のためだけではなく、周りの大切な人のためにもなるんだね」

    すると、ほとんどの子がハッとします。
    「あ、本当だ。勉強は、自分のため(だけ)にやると思っていた」

    「何のため」だけでなく「誰のため」も明確にすると、実感の湧く目的(まと)が増えるようです。

    まとめ

  • 勉強の目的は、自分なりの答えを探していくことが大切。
  • 身近で具体的な目的を見つけられると、実感を得られ、意欲が湧いてくる。
  • 目的とは「目指す的」。小さな的ではなく、大きな的を狙うことで、的外れな勉強が、的を射た勉強に変わる。
  • 勉強は、自分のためだけではなく、周りの大切な人のためにもなる。キラキラ輝く自分を目指そう!
  • この記事を書いた人

    竹田慶ユニワン代表・学習コーチ
    〔好きな言葉〕 「意志あるところに道はある」
    〔嫌いな言葉〕 「どうせムリ」
    〔尊敬する人〕 P.F.ドラッカー、上杉鷹山、自分にチャレンジする子供たち、他

    「的外れ」な勉強と勉強の「目的」”へ2件のコメント

    1. Y・S より:

      ベリーグッド。全く同感です。                                私は、
      長年某製造会社のサラリーマンでした。そこでは入社以来、製品原価の低減一本集中してきました。
      そして、原価低減の秘訣は『お客様にお喜び頂けない行為や部品は一切なくすこと』であるとあらゆる製品や仕事を観察・分析して体得しました。 例えば、工場の中を一生懸命汗だくになって材料や部品を運んでいてもそれは決して、お客様(後工程)からはお喜び頂けない。原価が上がるだけで逆に製品価格が上がりお客さんよりはねのけられるだけである。一生懸命ボール盤でねじ穴をあけなくとも部品を一体化すればよい。この様に真の原価低減をするためにはその仕事の「目的即ち、その行為に対するお客様が求めている価値はなんなのか」を明確に把握してその目的を最も適格に実現できる手法を考え実施することである。
      これを高尚な言い方をすれば「人間の生きてゆく目的は『人類進歩へのに貢献』である」
      これにより、仕事は非常に面白くて仕方がありませんでした。朝は始業時間より1時間早く出社して当日の業務計画と朝礼での部下たちへの業務フォロー項目抽出等をし、夜は11時頃まで経理係長と二人だけ又は、自分ひとりだけで毎日働きました。時間外手当なしで。
      これが出来たのは妻が家で一生懸命子供たちを育て、夜幾ら遅く帰宅しても風呂と食事を用意して家庭を守ってくれたからです。
      今にして思えば妻は命がけで家族の幸せを維持向上させるという目的をもって生活してきれたために家族全員が生きがいのある人生を送れ今も幸せな人生を送れているのだと思います。
      今の我が国の男女平等政策には、日本の将来が非常に危なくなるように思います。
      以上より、先生がおっしゃるとおり、勉強の目的は「周りの大切な人のためにもなる。キラキラ輝く自分を目指そう!」だと思います。・・・私はまだキラキラ人間では絶対になっていませんが。

      1. 竹田慶 より:

        Y・Sさん、コメントありがとうございます。
        お話から、Y・Sさんと奥さんがお互い支え合ってこられたことが伝わってきました。
        大切な人、大切なことのために働く。お二人ともキラキラさんです✨

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください